猫の布団

 

私は母が嫌いだった。

それがいつからなのかはっきりしないが、私は心から母に甘えた記憶がない。

 

私には3歳下の妹がいる。温厚でおとなしい子だった。

すべてを支配したい母には、自我の強い私より妹の方がかわいかったのだろう。

確かに私にとってもかわいい妹だった。母に可愛がられているからといって妹を嫌った記憶はない。

 

私には母を嫌いだと認識した古い記憶がある。

その時の事は今でも鮮明に憶えている。

 

あの日・・私は5~6歳だったと思う。母と妹と昼寝をしようとしていた。

外は雨が降り雷が鳴っていた。

 

母と妹が入った布団には可愛いたくさんの犬が描かれていた。

私は自分の猫の柄の布団に潜り込んだ。

雷の音はどんどん強くなって怖くてたまらなかった。

独りぼっちで布団の中で震えていた。

その時、母の声が聞こえてきたのだ。

 

「こっちは犬の布団だから猫より強いよ。お姉ちゃんは雷様におへそを取られちゃうかもよ。」

母は楽しそうに妹に語り掛けていた。

 

「お母さん嫌い!」

猫の布団に潜り込んだまま小さい声で呟いた。

大好きだった猫の布団、あの日から猫の布団も嫌いになった。

 

母を憎んでいたわけではない。

愛されていなかったわけでもなく、欲しいものは何でも買い与えてくれた。

妹とお揃いの服を作ってくれたし、家族でいろいろな所に旅行にも行った。

よく『仲良し家族』と言われた。そうだったのだろうと思う。

 

変に大人びていた私は大人の喜ぶように行動をした。

母に対する感情も大きくなるにしたがってますます隠すようになった。

それで何か問題があるわけでもなかった。

 

結婚し子供が産まれ、忙しく働いているうちはまだよかった。

子供たちが成人して自由な時間が増えると、両親と過ごす時間も増えていった。

そして、まだ母に対し反発している自分に気づいたのだ。

大人になってからは子供の頃のように自分の感情を抑えることはしなかった。

母とはよく喧嘩をした。

気の強い母と我儘な私、ぶつかり合うのも当然だった。

 

でも、歳を重ねる毎に高圧的な態度をとることもなくなっていった母。

そんな母に苛立ちを感じたり、優しい言葉をかけることができないことに罪悪感を感じるようになっていた。

 

今では怒ることもなくなり、「ありがとう」「ごめんね」が口癖になった母。

本当は優しく接してあげたいのに、素直になれない私。

年老いた母と残された時間を楽しく過ごしたいのに、そっけない態度をとってしまう私。

弱々しい母を見る度に、何とも言えない切なさが込み上げてくる。

 

私はまだ、猫の布団にくるまっているのかもしれない。