プラム

結婚してから数年間、私は郊外の長閑な住宅地に住んでいた。

夫と3歳の長男、産まれたばかりの長女の4人で慌ただしくも穏やかな暮らしだった。

 

その地域は田畑も残る住宅地で、自然に恵まれていた。

借家が長屋のように並び、アパートも数棟建っていた。

私たちの住む戸建ての借家は2DKの間取りのためか、周りに住む人たちは若い夫婦や単身者がほとんどだった。

 

近所には息子と同じ年頃の子供も多く、いつも外から子供たちの声が聞こえていた。

息子には仲良しの友達が2人いて、いつも3人で遊んでいた。

その子たちのお母さんと交代で子供たちの遊ぶのを見ているのが常だった。

 

うちの隣にアイ君という男の子のいる一家が引っ越してきた。

アイ君はおとなしそうな子で、お母さんはいつもニコニコしている優しそうな人だった。

 

ある日、アイ君を含めた4人の子が遊んでいるのを私が見ていた時だった。

アイ君がみんなに砂を投げつけだしたため、騒ぎが起こった。

「そんなことしたらダメだよ。みんな嫌がってるからやめようね。」

そう言って割って入った。

アイ君は何も言わなかったが、間もなく家に帰って行った。

 

その日からアイ君が外に出てこなくなった。

子供達に誘うように促してみたが

「今日は遊べないんだって!」と戻って来た。

お母さんが一緒に遊ばせたくないと思っているようだった。

あの時アイ君に注意したことが気に入らなかったのかもしれないが、そのうちにまた外に出てくるだろうと思っていた。

 

ある時、普段あまり交流のない奥さんから呼び止められ

「アイ君のお母さんがあなたやお子さんの事を悪く言っているので気を付けた方がいいですよ。」と言われた。

 

その人はアイ君のママと、マリちゃんという子のママとよくお茶をしているらしい。

「私はアイ君があなたの息子さんに砂利を投げつけたりしてるのを見ているので」

作り話にもうんざりしてきたと言っていた。

別口から聞いたところでは、アイ君のママと喧嘩したらしいが・・

近所付き合いもしなくてはならないし、どうしたものかなと悩んだものだった。

 

そんな時だった。『プラム事件』が起こったのは・・

 

私が家にいると外で遊んでいた子供たちが戻って来た。

みんな手にプラムを持っていた。

うちの息子以外の子は・・

「マリちゃんのママにもらったんだけど・・」

 

みんなの話を聞いてみると、息子にだけくれなかったそうで友達がそのことを言うと

「ごめんね、もうなくなっちゃったんだ。」と言ったそうだ。

アイ君のママと仲良しのマリちゃんのママ。

私の息子だからプラムをくれなかったのだろう。

お友達は自分たちだけで食べるのも気が引けたので言いに来た、ということらしい。

 

悲しそうな息子の顔を見て腹が立たないわけがない。

それでも、グッとこらえて

「じゃあママのクッキー食べる? みんなも入って手を洗いなさい。」

そう言って子供たちを家に上げ、試作していたクッキーでおやつを食べさせた。

 

今ならば勝手に何か食べさせたりしたら怒られてしまうかもしれないが、その頃はまだまだ呑気なもので、それくらいで怒鳴り込んでくる親はいなかった。

『プラム事件』は見ていた大人たち、それぞれの子供たちから親達に伝わったようで

それからしばらくは気まずい空気が流れ続ける事となった。

 

それから間もなく、息子の幼稚園入園に合わせて実家の近くに引っ越すことになった。

私は初めて”ママ友”の洗礼を受けたその地を離れることとなる。

新しい地でも事件は起きるのだが・・

 

アイ君のママとはそんな気まずいままの別れになった。

今でこそ、私は間違ったことはしていないと自信を持って言えるが

あの頃は気持ちが揺れていた。

アイ君を叱らなければ良かったのだろうか・・と思ったりした。

”ママ友”との付き合いの難しさを思い知らされた事件だった。

 

子供を育てる上で”ママ友”は避けては通れない存在である。

関わらなければいい、というわけにはいかないのだ。

 

子供を持つ親なら誰しも、自分の子の悲しい顔は見たくないだろう。

子ども同士の喧嘩ならまだしも、大人が関わってくるなら尚更だ。

自分の言動がブーメランのように子供に返ってくる。

正しい、正しくない、は関係ない。

 

親達はかわいい我が子のために日夜戦っているのだ。

子供に害が及ばないよう、敵を作らないように気を使いながら・・

それが自分の意に反する事であっても。

 

子供は必ず成長する。自分の身は自分で守るようになる。

”ママ友”との戦いは数年で終わりが来る。

その時、ちょっぴり寂しいと感じたのは気のせいだったのだろうか・・

 

今でもプラムを見る度に思い出す。

 あの子達はどんな大人になっただろうか。

元気にしてるかな。

 

もしかしたら今、あの子達が戦っているのかもしれない。